ハウツー本としては不十分、読み物の面白さとしては十二分【なぜ、あなたの仕事は終わらないのか 著:中島聡】

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 最近、私の都合で自己啓発本やハウツー本を紹介する事が増えてきた……のですが

 今回紹介させていただく本は、いきなり結論を一言で言えば、本記事のタイトルの通り

【何かを実践するための案内本としてはそれほど良質のものではないが、書籍としての面白さやクオリティーは非常に高い】

 です。

 特に、腰巻のコピーに書いてある、「時間術」に対して興味がある人より、著者の経歴の一部である、プログラミングやPCのOSと言ったコンテンツの歴史や知識を知りたい人にとって、非常に読みごたえがあり、楽しめるためのエッセンスが凝縮されています。

 著者の中島聡氏の簡単な略歴は、Wikipediaによれば以下の通り。

中島 聡(なかじま さとし、1960年 – )は、日本のコンピュータ技術者、プログラマ。早稲田大学高等学院、早稲田大学大学院理工学研究科修了。現在はUIEvolution(スクウェア・エニックスの子会社)のチーフソフトウェアアーキテクト。

マイクロソフトでWindows 95、Windows 98、Internet Explorer 3.0/4.0のチーフアーキテクトなどを務めた。

略歴

高校時代からアスキーにおいて記事執筆やソフトウェアの開発に携わり、大学時代には日本のCADソフトの草分け的存在である「CANDY」を開発。古川享によれば、このソフトのヒットで大学在学中に4年間で3億円ものロイヤリティーを稼ぎ、マンションを3つも購入したという。

1985年に大学を卒業しNTTに入社、武蔵野市の電気通信研究所に配属される。同研究所では32bit CPUの設計などに関わっていたというが、1986年にマイクロソフトの日本法人(マイクロソフト株式会社、MSKK)が設立されると、古川享らの誘いでMSKKに転職。1989年には米国マイクロソフト本社に移り、Windows 95、Internet Explorer 3.0/4.0、Windows 98のチーフアーキテクトを務めた。

2000年にマイクロソフトを退社し、短期間のベンチャーキャピタル勤務を経てUIEvolutionを設立。同社のCEOとして、主に携帯電話上で新たなユーザインタフェースを実現するというフレームワーク「UIEngine」などを開発する。2004年に同社がスクウェア・エニックスに数十億円で買収された後は同社のチーフソフトウェアアーキテクト、最高技術責任者。

2008年4月Big Canvas社を設立しiPhone用ソフトを開発中。

2017年に著書『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか スピードは最強の武器である』で、第5回ブクログ大賞のビジネス部門大賞を受賞。

 ITにあまり詳しくない方にもわかるように、これまた一言で著者の凄さを言ってしまうと

PC操作のドラッグ&ドロップやダブルクリックが生み出されたのは、氏の知見によるものです。

 非常に高い技術力及び先見の明がある方だと言えます。

 そんな氏の書かれた書籍なので、さぞかし革新的なハウツー本なのでしょう

 と思い、蓋を開けてみると、意外にも

「結構、自分語り色の強い本かも……」

 というのが、本書の全体を通した上での欠点です。

 6章立てなのですが、面白さの比重は主に3章までの著者の半生及びマイクロソフトのWindows95を中心としたソフトウェア開発の成り行きが大部分を占めるし、それに比べると4章以降の時間活用術の具体的なノウハウに関しては、それほど実践的でないアドバイスも多々あり、有用ではないかもしれません。

 マリオカートのロケットスタートや界王拳など、いきなりゲームや漫画の例え話をし出したと思ったら、プロジェクトや締め切りと言った単語を当たり前に交えたりします。その上でよくよく考えてみると、IT畑の人ばかりターゲットにしているような話をするし、「メールに即レスするな」「可能な限り会議に出るのもやめましょう」などと、一般的な会社員にとって非常に非現実的なことをおっしゃる。正直、ここまでくると、もはや著者の経歴を中心にバイアスをかけて話を広げて、自分の発言に適さない仕事をしている人や何を言っているかついていけない人はお断り、という具合で、世の中の仕事や労働者という概念全体を色眼鏡で見ているのではないか、と勘ぐってしまいます。

 私がここで改めて言うまでもなく、世の中にはたくさんの種類の仕事があり、全ての人はそれぞれの事情を抱えています。自分語りの成分が強い実行論は、はっきり言ってとても万人に通用するものではなく、客観性も薄く、もっと言ってしまえば自慢話にも聞こえてきてしまいます。

 しかし

 この本を、ハウツー本としてではなく、エッセイとして見方を変えるとアラ不思議。

非常に面白い作品であると感じること請け合いです。

 国語や社会は苦手と自称するものの、文章そのものは文学要素も兼ね備えた非常に丁寧で読みやすいものだと感じましたし、さらにIT関連の用語が多数出てくるので、エンジニア界隈の仕事をしている人でなくても、少しでも技術の話などに興味があれば存分に楽しめる内容となっています。

 特に、私が一番感嘆した部分は

 日本語がオブジェクト指向言語である

 と言う著者の弁です。

 オブジェクト指向言語という文言にピンとこない方もおられると思います。これは、プログラミングで使われることが多い用語で、ITに関わりのない方はもちろん、一人前のプログラマーですら概念はわかっていても理解はしづらい、という難解なものです。

 本来、オブジェクト指向におけるプログラミング開発では、オブジェクトを【対象】または【モノ】として扱い、それをベースにした「クラス(設計図)」や「インスタンス(クラスからオブジェクトを使うときに実際に生み出されるもの)」という考え方や概念のもとで、ソフトウェア等を開発していきます。

 下の図を一つの例えとしてみるとわかりやすいです。

 クラスという「設計図」からオブジェクトという「実際の物体・対象」を生み出すことをインスタンス化といいます。先に設計が用意されており、そこから実際のものを具現化する。オブジェクト指向のプログラミング現場においては必須の技術ですが、何年経ってもその仕様を理解できないエンジニアがいるほど、曖昧な概念でもあります。

 そのため、ここでは深入りした説明は省略しますが、要するに

 何らかの対象を先に選択した上で動作を指定することを、オブジェクト指向と言います。

 では、日本語がどう言った面でその「オブジェクト指向」なるものか、と考えてみると

 私たちの生活における日常会話や依頼は、「その『対象』を述べただけで簡単に成立してしまうことが多くある」のです。

 例えば家族と食事をしている間に、テーブルに手の届かないところに醤油が置いてあれば、「僕に醤油をとってくれないか」とまで言わずとも、「醤油を」という単語だけで、相手に自分の言いたいことの意図が伝わります。会計時にセブンイレブンの店員に対して「nanacoで」と言うだけで支払いの意思を申し出たり、タクシーに乗る際運転手に対して「◯◯駅」というだけで、客である自分の言いたいことはしっかり理解してもらえます。

 つまり、言ってしまえば

 主語や述語そっちのけで対象を述べるだけで簡単に伝わってしまうのが、”日本語”という「オブジェクト指向言語」なのです。

 そういった日本語における作法を取り入れた結果、例えば対象となるファイルを選択するだけでなく開く動作まで行う【ダブルクリック】という概念が生まれた可能性を著者は述べており、すなわちその「対象」となるものをベースとした考え方が、今の日本中のみならず世界を席巻したと言います。これは誠に感慨深いものであり、日本語を普段から使っている日本人はもちろん、オブジェクト指向を仕事で使っている私にとっても膝を打つ内容でした。

 その他、マイクロソフトでの出来事やビルゲイツのビジネスセンス、Windows95が生まれた背景など、著者自身やその周りを知るだけでなく、「世間を揺がすほどのイノベーションが起きた裏で何が起きていたか」ということも詳しく書かれていて、とても楽しめます。

 またその経験から著者が得た仕事術などにも触れているため、自己啓発書としても役に立つ部分は少なくはない、とも思います。

 時間活用術のノウハウとしてみれば、少々不適または不十分なところもありますが、エッセイまたはエリート戦士達の立ち上げたドキュメント&実際に起きた革命の一端を垣間見る、という目的で読めば、とてもオススメできる本です。

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