何故、一部のフルリモートワークの人間はコミューター(通勤者)に対してマウントを取りたがるのか

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 おはようございます。

 昨日から会社勤めを再開した大熊詩音です。

 やっぱりアレですね。

 いきなり自分としての本記事の結論を言ってしまうと

「会社勤め、全然嫌いじゃない」

 だって、お金(給料)のこととか保険とか、面倒くさいことはみんな経理や総務の人がやってくれるし

 仕事内容が毎日同じでなくても、数年、数十年、同じ現場や同じ通勤ルートというのも決して悪くない。

 しかしです。

 この数年前と違ってインターネットが爆速的に普及した今の世の中。

 フルリモートワークとしての働き方が珍しくなくなりました。

 もちろんそれ自体は素晴らしいことです。働き方の選択権は憲法で保証されている以前に、この国は他国と違い比較的自由度が高いですから。

 けれども

 フルリモートワークを行なっている、またはフリーランスと呼ばれるごく一部の人間の中には

 コミューター(通勤者)として会社勤めをしている人を馬鹿にする声が少なくないです。

 名前を出すのも、その人の宣伝になるから絶対に嫌なのですが

 最近ですと、炎上した某サロンの件などでしょうか。

 今回は

【何故、仕事場を選ばない一部の人間が、通勤しながら働く人に対してマウントを取りたがるのか】

 という件について考えてみたいと思います。

1.本人がコンプレックスの塊だから

 真っ先に思い浮かぶのがこれです。

 企業に勤めているコミューターに対して

「通勤時間が勿体無い」

「無駄な会議や雑用が多すぎる」

「年功序列が時代遅れ」

「ニート社員の荷物になる奴らは馬鹿」

 コンプレックスの塊である“彼ら”は、口々にこう言います。

 えーと、あなたは何十年前の話をしているのですか?

 今時そんな社風の会社、中小はもちろん大企業でも減ってきてますよ??

 最近の日本では、ベンチャー企業が多数生まれたり、転職市場が活況になるほど会社員がキャリアチェンジしやすい

 いわば、会社員にとって、「選択次第で」かなり恵まれた環境であると言えます。

 それを、そこらのネットニュースや新聞に書かれた内容の受け売りで、日本の会社というものを悪いところだけくり抜いて、一括りにして考える、そのガラパゴス的な視野と短絡的な考え。

 どちらが時代錯誤で老害的な考えでしょうか?

 本当に、自分が言うのも何ですが、今の会社員ほど選択権の幅が広いキャリアはないと思っています。

 副業OKの会社も急激に増えており、政府の掲げる働き方改革には問題点も数多くあるものの、間違いなく良い方向にも影響を受けている企業や個人は少なくない。

 私も、通勤時間や休憩時間を利用して、スマホや会社のPCでブログを書いたり副業をしております。

 それでも、コミューターに対して、ごく一部の性格のねじ曲がったフリーランスの人間がマウントを取ってくるのって、やはり本人のコンプレックスが強いからなのでしょうね。

2.負け犬の遠吠え

 では、何故“彼ら”はそこまでコンプレックスが強いのか、ということを考えるに当たって、もう一つ思い浮かぶのが

「ただの負け犬の遠吠え」でしかないのです。

 日本のサラリーマンを「よく飼いならされている社畜」としかみられないのは、どう考えても

 本人たちはその社畜にすらなれない、ただの負け犬だからです。

 だって、そうでなければ、何故いちいち会社員の人やコミューターに対してマウントを取ってくるのでしょうか?

 やはり、何か本人たちの過去に相当嫌なことがあったとか、自分には会社員という働き方を真似したくても(能力的に)出来ない、という劣等感があるからです。

 それはそれである意味かわいそうなのかもしれませんが

 だからと言って、自分のやりたい仕事で毎日働いている罪もない人に対して喧嘩を吹っかけてくるのはやめてもらえませんかね?

 野犬や狂犬なら、保健所に通報すれば処分してくれますが、こういう輩はこちらが何もしていなくても情報化社会の隙をついて煽ってくるし、訴えようにも難しいですし、本当に迷惑です。

3.それしか芸がないから

 炎上芸・扇動・宗教の教祖的ポジション。

 “彼ら”は、色々なやり口または肩書きなどを利用して、相手より優位に立とうとしますが

 やっていることは共通していて、一言で言えば

 単なる洗脳で、それしか芸がない。

 もう一度言いますが、「洗脳」

 これしか出来ないのです。

 まあ、もう二つほど付け加えるなら「詐欺行為」「モラル無き金儲け」

 この辺りでしょうか。

 なるほどそれならば、“彼ら”が、チームで動くことが多い会社勤めの人や、しっかり社会のルールを守って交通機関に乗って通勤する人の輪に入れるわけありませんよね。

 だって、そのように頑張って生きている人は自分をしっかり確立しているから、騙そうとしても騙せないんですから。

 会社などの組織ではなく、もっと騙せる人間がいそうなところを探しますよね。

 だから、“彼ら”は、昔でいうネット弁慶になりながら、今日も明日も騙せそうな人をネットで探したり呼びかけたりして、洗脳することしか脳がないと言えるのです。

4.自分すら信用できないから

 こう書くと大げさですが、要するに「自信がない」ということです。

 のび太・ジャイアン症候群ではないですが、ジャイアンは、事あるごとに、自分の持つ腕力を武器にしてのび太をいじめます。

 数年前から、のび太とジャイアンに、それぞれ特性の異なる発達障害(ADHD)であるという、司馬理英子氏の著書での指摘がありました。

 “彼ら”含め、のび太・ジャイアンに共通する点は

「人間として未成熟」

 である点です。

 もちろん、発達障害の人たち全てが未成熟なわけはありませんし、“彼ら”もまた必ずしも発達障害に該当する訳ではないでしょう。

 しかしこれだけは言えます。

 “彼ら”は、自分が情緒不安定でストレスに耐える事のできない、ただの自信のない人間である事を、自分から認めてしまっているのです。

 だから、先述したように、人にマウントを取りたがる心理傾向にあります。

「今の日本社会は間違っている」

「スーツを着て満員電車に揺られる社畜どもは哀れだ」

「場所や相手を選ばない仕事こそ至高」

 彼らは次々に、真理でも何でもない、ただの「言い訳」をします。

 「自分がやりたくないこと」と称して、社会で働いている罪もない人に対して噛み付きながら、自分の弱みを知られたくないがために強がりを繰り返す、という言い訳を。

 ブロガーの中には、「自分のやりたい事リスト・やりたくない事リスト」を作っている人がいて(それだけなら全く害はないのですが)、“彼ら”はそれに加え、ご丁寧に無駄に優越感に浸ったコメントを添えながら人をこき下ろします。

 それって「自分はこれしか出来ませんでしたリスト・したくても出来ませんリスト」の間違いじゃないの……?

5.まとめ

 個人的に、この情報化社会において嫌でも入ってくる“彼ら”の蛮行に対し反論するに当たって、もっと書きなぐってやりたいという気持ちもなくはないですが

 これ以上書くと、逆に自分の方が相手に対しマウントを取りたがる人間に成り下がってしまう可能性もあるので、ここまでにして、まとめます。

・彼らはコンプレックスが強すぎて、人を馬鹿にする事でしか生きていけない

・ただ負け犬のように吠えるだけでたまたまお金が手に入る道を見つけてしまったから、それに味をしめた人

・自信がなく、ある意味かわいそうな人

 といったところでしょう。

 ツイッターやフェイスブック、ブログなどをやっていると、どうしてもこういった輩が目立ちますが

 今のところ、“彼ら”のように成り下がらない方法としては

・明らかに自分に害をもたらすと判断した情報は完全無視。その人のページに行ったり、ましてや直接反応したりしてはいけない。

・世の中、生きていく方法がたくさんあると知り、広い視野を持つ。

・自分にとって正しい生き方を常に模索する。人の意見にただ左右されるだけになってはいけない。

・自分の今頑張っている事や人生にしっかりとした自信を持つ。

 こんなところでしょうか(小学生でもわかる、当たり前のことですよね)。

 今日も、ここまで読んでくださってありがとうございました。

 仕事に戻ります。

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