逆にSESに勤めてよかったことをあげてみる

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 平成最後の元日も終わろうとしています。

 今回は、去年色々な鬱憤が溜まって退職したSES会社の良いところを挙げてみたいと思います。

 何故そのようなことを書きとめようと思ったかと言うと、やはりSESを一方的に批判したり、自分の現状を省みず他社の悪口を言うだけでは何のキャリアアップにもならないと思ったためです。

1.未経験でITに触れることができた。

 私の勤めていたSES会社は、未経験で30代の私、というノースキル人間を雇ってくれました。そして、ITの職歴を付けることが出来ました。

 この事実は、ITの世界で戦っていく上で、あるとないとでは大違いです。

 おかげで、次の会社の人事担当の方は、私を経験者扱いとして、(1年目としては)ある程度高給で雇ってくれましたし、更なるステップアップの機会を頂くことが出来ました。

 たとえSES会社があらゆる悪いことをしていても、これまでITとはほぼ無縁だった私を、駆け出しのエンジニアにしてくれた恩はあります。少なくともそこは感謝せねばならないと思っています。

2.IT業界の闇深き構造を把握できた。


 ゼネコン構造になっていて、多重派遣・偽装請負・その他諸々が平気の平左で行われているという噂を、ただ単に見たり聞いたりするだけでなく、実際に体験するのとでは、これまた大違いです。

 理不尽且つ非常識な勤務体制や給料の低さをこの身に刻み込めたからこそ、今後は失敗しないようにというしっかりしたビジョンが見えましたし、良い社会勉強になりました。人間いくつになっても勉強や経験です。ただ技術や知識を身につければ良いというものではありませんね。

3.自分に自信がついた。

 正直、IT業界に入る前は、SESのえの字も知りませんでした。
 一応、事前の段階で、この業界にありがちな、過重労働や低賃金、デスマーチといった勤務は覚悟していたものの、やはり実際にそのような環境で働くと、とても過酷な毎日でした。

 けれども、それらを経験してきたからこそ、これからの自分にとって、本当に意義のあることには120パーセントの力で挑むことができる覚悟が生まれました。
 もし、最初に入った会社が桃源郷のようなホワイト会社で、失敗経験すら感じる機会も皆無の甘々な仕事しかさせてもらえない状態から始めたとします。
 そしてそれを今後も続けていたとしたらそれは、人生全体を通して大変な損失や機器に繋がっていたと言っても過言ではないでしょう。

 エンジニアの世界は日進月歩で、途中で自己鍛錬や成長をやめてしまっては、そこで置き去りにされても全くおかしくない世界です。そのことを痛感した今は、次の仕事においてもまた新しい気持ちで頑張る力が漲りました。

4.良い人に沢山巡り会えた。

 はっきり言って、SESは必要悪、ではなく社会悪です。

 しかし、そこに関わる人が皆、自分や社会の敵かと言えば、それは大きな間違いです。

 むしろ、私の場合で言えば、仕事中もずっと私の身近にいてくれて業務を教えてくれる現場の上長や(違法ですがw)管理営業、同僚などの方々は本当に私に対して良くして下さったので、その点において感謝の心を忘れてはいけません。

 そんな、良かったことや嬉しかったこと、それらも纏めて全てを葬ってしまった上で、ただ次のステージへと駒を進めるだけでは、おそらく次の会社で技術を積むことはできても、人間的に成長することは望めなくなってしまうでしょう。私は自分にそう言い聞かせています。

 今は、「奴隷斡旋ご苦労様です」としか思いませんけど。

5.「金の切れ目が縁の切れ目」という格言を実行できた。

 さっきから皮肉ばかり申し上げております( ^^ )

 しかしこれは事実です。

 ブラック企業の常套句である
【やりがい】
【アットホームな職場】
【未経験歓迎】
【懇親会、社員旅行あり】
【帰社日あり】
 こういったものより欲しいのはやはり、
お金です。

 仕事をしに行っているのですから当然ですよね?

 私は初めて勤めたITの会社がブラックで本当に良かったと思っています。

 先述の通り、いきなりはじめからびっくりするようなホワイトに就職できるとはさすがに考えていませんでしたし(それでも最初のがここまで真っ黒とも思いませんでしたが)、転職活動をすることによって、自分自身の単価や市場価値というものの指標がある程度掴めました。

 一つの会社に勤めていればそんなものはわからないのは当然なので、これはブラックSESに所属できたことの特権……は流石に言い過ぎですが……ともあれ結果オーライとなったのもまた事実です。

 こんなところです。。。

 もちろん、上記の経験は全て、SES会社でなくても出来たことかもしれませんし、貴重な経験をさせてもらった一方で無駄な寄り道が沢山あったことも否めません。

 しかしこれも全て巡り合わせだと思っています。

 過去に執着することなく、未来に期待し過ぎずに、今を生きていくためには、誰かのせいにしたり他者を攻撃するだけでは少なくとも個人的な成長は見込めません。

 私はSESにそんなアンビバレンスな気持ちを抱きながら、次よりまた新たな仕事を始め、いろんな良い意味で自分を律することができたのでした。


 また、今日は新年の初詣におきまして
 
 SESという最低最悪な業態を行なっている企業がこの世からなくなり、出来れば経営者どもに天罰が下りますように、八幡宮にて強く祈って参りました(激しく事実)。


 またお会いしましょう。
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